江戸時代から続く、京焼・清水焼の多様性を守り続けて
京都でつくられる陶磁器の総称である「京焼」。その中でも代名詞的な存在が「清水焼」です。
清水寺に向かう参道に、多くの窯元が軒を連ねていたことがその名の由来とされていますが、
今では「京焼・清水焼」とひとくくりで呼ばれるようになっています。
ワイルドな土ものから繊細な絵付けまで、多彩な作風が共存している様子は、
まさに「百花繚乱」と評されるとおり。そんな清水焼の問屋として1935年に創業したのが、
熊谷聡商店です。
「清水焼が栄えたのは江戸時代初期からと言われていますが、当時から京都は文化の中心で、一大消費地でもあり、日本中からさまざまな技術や人が集まっていました。
焼き物の原料となる土も、地元で採れる土だけではなく、他産地の土も入れながら独自にブレンドを
ほどこして、お客の好みに合ったものづくりをしようとしていました。そんな中で活躍したのが、
野々村仁清、尾形乾山、青木木米(もくべい)といった素晴らしい陶工たちです。
今も彼らの焼きものの写しがつくられていますが、400年近く前のものでありながら、現代にも通用するデザインや形がたくさんあります。」
そんなふうに語るのは同社の3代目熊谷隆慶さん。
問屋とは言うなればプロデューサーのような役割です。京都では焼きものも分業化が発達しており、
原型師や生地師、絵付師、金箔師など、それぞれの専門性を持った職人が仕事をリレーして製品を
つくり上げていくスタイルが定着しています。
そこで熊谷聡商店のような問屋が「こんな商品をつくりたい」と企画をし、「この作風ならこの人」「この技術ならこの窯元」と見極めて発注を振り分けてゆくのです。
もちろん、焼きものの販路を開拓するのも問屋の大切な仕事です。
フランス人アドバイザーも注目した「花結晶」とともに
熊谷さんが先代に代わって代表の座についたのは2010年。リーマンショックの後で売上が減少する中、熊谷さんは海外販路に目を向け、まずは中国市場のリサーチから始めていました。
そんな矢先、熊谷さんは私がプロデュースする海外販路開拓支援事業「京都コンテンポラリー」
(主催:京都市・京都商工会議所主催)の立ち上げを知り、参加を決意されたのでした。
これは、日吉屋で実践していた「製品開発の段階から海外バイヤーやデザイナーを巻き込む」という
独自手法「ネクストマーケットイン」を、参加企業の皆さんにも実践していただくというのが
趣旨でした。
そして2012年、フランスから来日したアドバイザーが、熊谷聡商店のショールームを訪れました。
彼らの目に留まったのは、薄い花びらのような文様が印象的な「亜鉛結晶」という技法。
これが「花結晶」という名のシリーズで、海外進出の扉を開くことになります。
「これはどういう技法かというと、釉薬の中に酸化亜鉛という金属成分が含まれていて、それが
窯の温度変化の中で、雪の結晶のように花開くのです。1900年ごろにフランスで開発された技法だという話を書物で読んだことがありますが、おそらくその後おそらく日本にも伝わったのではないかと思います。ただ、結晶模様をきれいに出すには、温度管理が非常にむずかしく、大量生産に向かないんですね。それでさほど普及しなかったのか、現在はヨーロッパでもほとんどつくられていません。」
ヨーロッパで生まれたであろう技法が、巡り巡って日本でわずかながら生き続け、その後欧州に再進出したのだと思うと、感慨深いものがあります。
ヨーロッパ市場に合わせた商品開発で、大きく飛躍
とはいえ「チーム熊谷」の初年度のチャレンジは、まだ成功と呼べるものではありませんでした。
製作したのはモダンな角皿でしたが、フランスの展示会メゾン・エ・オブジェでの反応は今ひとつ。
しかし熊谷さんはそこでへこたれることなく、通訳の方と一緒に展示会場を回り、花結晶の製品を見せて感想を聞いて歩いたそうです。
「そこで出会ったイタリアの陶器メーカーさんは、ものすごい種類のタイルを出展されていて、いろんなお話を聞かせてくださいました。器とはまた違うインテリア市場の可能性に気づくことができたのは、1年目の収穫でしたね。」
そして2年目、デザイナーみやけかずしげさんと組んだものづくりで、「花結晶」は大きな飛躍を
遂げます。まず清水焼の強みである「ろくろ成形」でつくれるものに絞り、ヨーロッパの食習慣に
即したデミタスカップやボウルなどを企画。
見逃せないのは、スタッキングできる仕様にしたところです。一般的にフランスやイタリアなど欧州の集合住宅のキッチンは小さく、収納スペースも限られています。
そこで求められるのが「重ねられる器」なのです。
「2年目のメゾン・エ・オブジェでは反応も非常によくて自分たちも驚いたほどです。それも1年目の経験があったからこそ、2年目は自分たちの強みを生かしながら、現地のライフスタイルに合ったものをデザイナーさんと一緒につくることができたと思います。その後は年を重ねるごとにアイテムや色のバリエーションを少しずつ増やしてきました。」
大量生産品には出せない手づくりの美しさを、これからも
「京都コンテンポラリー」で、初めて外部のデザイナーと組んだものづくりを経験した熊谷さんに
とって、最も大きな学びは、「デザインのプロ」と「製品づくりのプロ」が違う視点を持ち寄り、
対話を重ねることの価値だったと言います。
お互いのこだわりがぶつかり合い、時には押し問答を繰り返して共に産みの苦しみを味わったから
こそ、いいものができた、という実感がそこにあります。
そんな熊谷さんは「京都コンテンポラリー」の後も、精力的にデザイナーと組んだものづくりを続けています。弊社プロデュースのものづくりプロジェクト「あたらしきもの京都」(主催:京都商工会議所・ファッション京都推進協議会)には初回の2015年度から5年連続で取り組まれましたが、
そこから生まれた成果物のひとつが、花結晶を生かしたモダンな香炉「きの香(きのこ)」。
「香炉というアイテム自体は昔から取り扱ってきましたが、花結晶を生かすならどういったものが
ふさわしいか、デザイナーさんといろいろディスカッションをさせていただきました。
こだわったのはインテリアの一部としても楽しめるもの。機能的にはコーン型のお香もスティック型の線香もどちらも使えるようになっているんですよ。」
歴史的に、さまざまな市場のニーズに応えて多様な技術を発展させてきた京焼・清水焼。熊谷聡商店を支えているのも、その「思いをかたちにする力」という武器です。
「京焼・清水焼らしさとは、大量生産品には出せない手づくり感だと思っています。花結晶もそうですが、技のあるひと手間をかけたもののよさを、これからも大事にしていきたいですね。」
京焼・清水焼400年の伝統を現代に。その挑戦はこれからも続いていきます。