和傘づくりを考える、徳島への旅|美馬和傘×京和傘
「一度、美馬和傘の工房を見に行ってみたい。」
そんな思いから始まった、今回の「美馬和傘×京和傘 」の交流会。
日吉屋の職人全員で車に乗り込み、京都から徳島県美馬市へ。
片道約4時間の道のりを経て、「美馬和傘」を訪ねました。
かつて、100万本近くの和傘がつくられていた町
徳島県美馬市脇町。
現在は「うだつの町並み」で知られるこの地域は、
かつて美馬和傘の一大産地でした。

昭和30年頃には200軒を超える和傘屋が立ち並び、
最盛期には年間約100万本近くが生産されていたといわれています。
美馬和傘は、「阿波番傘」と呼ばれる
実用的な雨傘を中心に発展してきました。
大きく丈夫な番傘のほか、
色鮮やかな蛇の目傘や藍染傘、野点傘などもつくられています。
一方で、時代の変化とともに和傘の需要は減少し、
かつて盛んだった美馬の和傘づくりも、いったん途絶えかけました。
そこで、美馬の和傘をもう一度未来へつなごうと
立ち上がったのが、「美馬和傘製作集団」です。

現在は、一般社団法人AWACRAFT美馬和傘として活動を続けながら、
和傘の製作だけでなく、ミニ和傘やランプシェードなどの体験を通じて、
その技術や魅力を伝える取り組みも行われています。
部材から、自分たちでつくる
美馬和傘のものづくりに触れ、
まず驚いたのが、そのものづくりの幅広さでした。
美馬の職人たちは、傘の要部分、ロクロの原材料となる
エゴノキと呼ばれる木を自分たちで育てるところから、
竹を伐採し、傘の骨へと加工を行い、
胴張り、油引きまで自分たちの手で行っています。
「良いものをつくるには、良い材料と道具を、自分たちの目で見極めることが大切。」
そんな考えのもと、一つひとつの工程を研究しながら、
ものづくりに向き合われていました。
その姿から感じたのは、伝統を「守る」というよりも、
「自分たちで考え続ける」という日吉屋の理念にも通ずる姿勢でした。
材料はこれでいいのか。
この道具のほうが使いやすいのではないか。
もっと美しく仕上げるにはどうすればいいのか。
そんな問いを楽しみながら、
日々の製作に取り組まれていることがひしひしと伝わってきました。
同じ和傘でも、つくり方は違う
意見交換では、普段使っている道具を見せていただいたり、製作工程について話をしたり。
話が進むにつれて、「同じ和傘なのに、こんなに違うのか」という発見が次々と出てきました。

例えば、同じ「桔梗割り」でも竹の割り方が違う。
カシューの塗り方も違えば、撥水加工に使う材料にも違いがある。
一見すると小さな違いに思えることでも、
職人が、これまで積み重ねてきた経験が反映された、大切な工夫です。
京都と美馬。
場所が変われば、使い手や環境も、歴史も違う。
だからこそ、それぞれの土地で育まれてきた
「その土地ならではの和傘」の魅力があるのだと思います。
伝統は革新の連続
和傘づくりは、長い時間をかけて受け継がれてきた技術です。
けれど、伝統は、ただ同じことを繰り返すだけでは続いていきません。
材料や道具、暮らし方、求められるものが変わる中で、
職人が考え、工夫し、時には他の土地の技術から学びながら、少しずつ更新されていく。
今回の美馬への訪問を通して、改めてそんなことを感じました。
日々学び、考え、手を動かす。
これからの時代にも魅力を感じていただける和傘をつくっていきたいと思います。
美馬の皆さま、貴重な時間と学びをありがとうございました。
またいつか、お会いできることを楽しみにしています。




